
月並み行事で皆さんとお唱えするお経のはじめ、懺悔文に”貪瞋痴の煩悩にまつわれて”の経文があります。
煩悩の数は108とはいえ、さて、どんな煩悩かと思い立ち仏教辞典で調べてみました。
あ~、どれもこれも確かにある、血肉の様に心に染みこんでいるであろう煩悩を、断ちきることはできないことは明らか。
煩悩即菩提
煩悩がやがて悟りの縁となり、煩悩を仏の智慧を知り、学ぶ原動力とし悟りの境地に至る。
これができるのだろうか?
そのための法を説いて下さるのが行を積み、学び続けておられる僧侶方。
お寺は本尊を祀り、僧侶方々に法を説き、修法をしていただくための大切な場。それは私たちのために。そして心の依り処。
この場所がなければ僧侶方は留まることもなく、法を求める人々の元へ、必要とされる場へと向かわれる。
整備しお参りをさせていただける場を守り、大切にするということは、つまるところは私たちのため。
あらためて感じる、今、あずかっている有り難いご縁。
無駄にせぬ様、精進、精進。
増(かさ)なれる氷、何ぞ必ずしも氷ならん。夏に入るときはすなわち溶け注ぐ
秘蔵宝鑰 弘法大師 空海

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